MIZENの立ち上げに向けて動き始めていた時期に、大島紬(おおしまつむぎ)の産地である奄美大島に行きました。そのとき立ち寄った店に飾ってあった時計のデザインが気になり、その作者として紹介してもらったのが、木工アーティストの寳園純一(ほうぞのじゅんいち)さんでした。
それで寳園さんのアトリエを訪ねたところ、一点の作品から目が離せなくなってしまったのです。
その木工作品は、額縁のように四角いもので、中をくりぬいてあるため差し込む光を通す部分と光を遮(さえぎ)って影をつくる部分があります。その光と影が織りなす様子が、色を入れた部分と色を入れない部分とに染め分けた絣糸(かすりいと)を経糸(たていと)・緯糸(よこいと、ぬきいと)に用いて柄合わせをしながら織り上げていく大島紬の模様と重なって見えたのです。
そして、その作品が、大島紬の染めのひとつの技法である「泥染」を採り入れたものだということを寶園さんから聞きました。
「いつか彼とMIZENで何かやりたい」と思ったのは、その時です。
南青山のMIZENのショップの1階をギャラリーにして、14点の寶園さんのアートピースを展示。併せて、ARLNATAがディレクションを務める、MIZENオリジナルの本場大島紬を用いたメンズ・レディースのコレクションを披露しました。
職人さんがいてアーティストがいて、そのコラボレーションをMIZENオーガナイズする――それもMIZENのプロジェクトのひとつなのです。
Interviewee
寺西俊輔
京都大学建築学科卒業後、YOHJI YAMAMOTO 入社。生産管理・パタンナーを経て、イタリア・ミラノに渡る。CAROL CHRISTIAN POELL チーフパタンナー、AGNONA クリエイティブディレクター STEFANO PILATI 専属
3Dデザイナーとして経験を積んだ後、HERMÈSに入社し、フランス・パリに移る。アーティスティックディレクターNadège Vanhée-Cybulski のもと、レディスプレタポルテの3Dデザイナーとして働いた後、2018年日本に帰国し伝統産業の新たな価値を発信することを目的とした STUDIO ALATA を設立。「装い」を提案するライン ARLNATA (アルルナータ)を立ち上げる。その後2022年4月にふるさと納税ポータルサイト「ふるさとチョイス」の創業者とMIZENを立ち上げるが、MIZENとは伝統技術とクリエイター/アーティストとを結びつけて作品を創り上げるプロジェクト。MIZENの扱う洋服のラインは全国の伝統織物xARLNATAのコラボレーションという位置づけで活動する。
とてもよかったです。とくに、ショップの前を通りがかった外国人の方が、わざわざ入ってきて熱心に見てくれたことはうれしかったです。そういえば、このイベント開催中に限らずMIZENのショップに来るのは、海外からの旅行者がとても多いのです。
スイス、アメリカ、イタリア、デンマーク、そして中国の方々などで、着物の織物で仕立てたコレクションを見て「素晴らしい」と心から褒めてくれる。リアクションが早いたけでなく、実際に多くの方が購入してくださっています。
海外の富裕層向けのツアーのガイドの方がMIZENのことを情報として伝えてくれているのかもしれません。手前味噌になりますが、YOHJI YAMAMOTOもCOMME des GARÇONSも同じ南青山周辺にショップがありますが、どちらのブランドも世界各国の都市にもショップがあります。
そこでガイドさんたちが、「世界でここにしかないMIZENのショップに、旅行者の皆さんを連れて行ってあげたい」と思ってくれているんだとすると、とてもうれしいです。そして、「来てくださったら、きっと満足してもらえる」というプライドも僕にはあります…。
僕が産地を回るようになったのはARLNATA立ち上げの前、MIZENは影も形もないHermès在籍時代からでした。会ってくださった産地の人たちは、「Hermèsで働いている人間が、独立してやりたいと本気で考えているんだ」と感じてくださったと思っています。
牛首紬(うしくびつむぎ)の『白山工房』(石川県白山市)代表取締役の西山博之さんに言われたことがあります。着物の産地に来て、「B反(ちょっとした難点のある和服用織物)を売ってくれないか、洋服をつくって宣伝してあげるよ」という人はよくいるということ。そんななかで僕はちゃんとオーダーして、「納得のいく価格を言ってくれたら、その価格で買います」と初めて言ったデザイナーだったということ…。僕は産地の方々に「あなたたちが世界のブランドになると信じている」と伝え続けてきたのですが、その熱意を西山さんはちゃんと理解してくれた…そう思っています。
こともあるのでは ?
そうですね。ただ、会いに行った産地の皆さんに共通していた認識が、「着物だけでやっていける時代ではない」。だから、むしろ「どうするんだ?」と思って僕に興味をもってくださったのでしょう。そう言えば、織物の生産者の方ではないのですが、ARLNATA立ち上げたばかりの頃に、こんな展開もありました。
僕は、スカーフの生地とハイゲージのニットを組み合わせた服のデザインをHermès時代にやっていたのですが、日本で独立したら、それを着物の生地とハイゲージニットの組み合わせでやりたいと考えていました。そのことを、席を並べていたHermèsのデザイナーに言ったら、「絶対に無理よ」と…。生地とニットをつなぎ合わせる技術をリンキングと言うのですが、HERMÈSはその技術が極めて高く、表も裏も、つなぎ目がとてもきれい。「Hermèsがそれをできるのは専任の工場があるからで、他にできる工場はない」と言うのです。
それでも諦められず、帰国してから自分でデザインしたHermèsのワンピースをニット関係者に見せて、「このリンキングができるところを知らないか」と訊(き)いて回りました。そうしたら、「新潟の第一ニットしかない」と皆が口をそろえて言うのです。それで交渉に行ったのですが、生産体制の問題から、「一点物に近い僕のオーダーに応えるのは難しい」と断られました。
それでも東京でのARLNATAデビューの日に、第一ニットの社長が来てくださいました。そして、コレクションを見てくださった後に、第一ニットとARLNATAとのコラボという形でやってみようと言ってくれたのです。たぶん、日本にはニットの高級ブランドというのが少ないことからも、僕が始めたことに可能性を感じてくれたのかもしれません。
ある方が、「『ラグジュアリー』と言えば、“贅沢(ぜいたく)品”“お金持ちが嗜(たしな)むもの”という感覚があるけれど、これからの時代のラグジュアリーはそういう一義的なものでなく、それぞれが新しく定義していく時代になっていくだろう。その中のひとつが、MIZENなのかもしれない」とおっしゃってくれました。これは僕自身が思う可能性でもあるので、とてもうれしかったのです。
そして、「ネット社会が広がってクリックすればなんでもかんでも手に入る時代だからこそ、それを生産している場所に行ってみる、実際に職人さんに会ってみる、そして、こういう人がこういうつくり方をしているんだと知ることこそが重要だ」と思っています。
そうやって、「伝統を継承することに加わりたい」と思っています。「そんな応援のような、寄付のような、投資のような、そういった買い方、消費の仕方をMIZENがつくり出したい」と強く思っているのです。
MIZENのデザインのコンセプトとして僕が掲げるのは、“技術を意識したデザイン”。例えば、38センチという着物の織り幅の中でつくるというパターンのテクニックも技術、織物とハイゲージのニットをつなぐリンキングも技術です。そういう技術を駆使して、誰もが分かることではないかもしれませんが、洋服がすごく好きな人とかプロの方が見たときに、「ああ、これすごいね」「さすがMIZENだね」と言われる商品をつくりたいのです。
そして、ファンになってもらいたいのです…。
インタビューの最初に話してくださったAlexander McQueenとの出会いからデザインに興味を持つようになった中学生時代の寺西さんが、今も変わらずにベースにあることがよく分かります。これからもMIZENの可能性に注目して行きたいと思います。長い時間どうもありがとうございました。
住所/東京都港区南青山6-4-13
Almost blue C棟
営業/11:00〜20:00
定休/月・火
TEL/03-6427-7586
【Column】
木工アーティスト
Junichi Hozono(寶園純一)の
泥染に込める思い
「奄美大島に移住して大島紬と出会ったときに、僕だからできる表現が何か見つかるかもしれないと感じました。大島紬には、それだけ僕の心を惹きつけるものがあったのです。そんな中、たまたま歩いていて目にしたのが、泥田(どろた)に浸(つ)かった流木。黒くてめちゃくちゃ格好よかったので、拾い上げて持ち帰りました。
そして泥を洗い落とし、端のほうを切ってみたら、中から木目がきれいに出てきたのです。奄美大島のみに存在する鉄分を多く含んだ泥によって染色された糸を使う“泥染大島紬”の存在を知ったのは、それからしばらくたってからでした」
木工アーティスト
寶園純一
1981大阪年生まれ。2004年京都芸術大学卒。2009年奄美大島に移住。2010 年家具製造業勤務。2015年 KOSHIRAERU開業、彫刻を中心としたアクセサリーや小物を作成。2018年 「メゾン・エ・オブジェ・パリ」に鹿児島県の事業の一員として参加し泥染の櫛(くし)を出展する。
「僕が取り入れている“泥染”という表現方法は、大島紬の伝統な技法のように泥田に浸けて染めるのではありません。刷毛(はけ)を用いて、木の表面に泥の色をのせていくオリジナルの手法。いわゆる刷毛塗りですが、染み込ませることを意識しながら丁寧に塗っていきます。僕だからできる表現方法と言っていい。
よく『自然の美には勝てない』というアーティストがいます。でも僕は、勝ち負けに関係なく、人は人の心を動かせると思っています。だから僕は泥染をするとき、『人の心を動かし続けていきたい』と思いながら、木目に沿って刷毛をゆっくりと動かしています」
●お問い合わせ先
MIZEN
公式サイト