過酷なスケジュールを乗り越えた大切な作品に
韓国で一大旋風を巻き起こしたオーディション番組「PRODUCE 101」。川西拓実さんは安定した職を捨て、その日本版「PRODUCE 101 JAPAN*¹」(2019年放送)に参加。際立つセンスで視聴者である国民プロデューサーの心を掴み、 2020年にJO1としてアーティストデビューする夢をつかみました。
そして昨年、連続ドラマ「クールドジ男子*²」を機に俳優活動を本格化させます。今回の初主演映画『バジーノイズ』では、あまり人と関わらず、マンションの管理人として働きながらDTM*³での音楽制作に没頭する主人公、海野清澄を演じました。無口で無表情な清澄は、JO1のYouTubeコンテンツなどで見せる、明るく関西弁でキレの良いツッコミをする川西さんとは真逆のように見えます。
「YouTubeでの僕はかなりスイッチを入れ…、いや、あれが僕の素です。そういうことにさせてください(笑)。清澄を演じるときは、彼の不器用なところや心から音楽が好きという気持ちを大切にしました。
原作は僕の出身地の兵庫が舞台で、学生時代に友だちと行った海とか、青春の1ページになっているような場所も描かれているので、作品の世界に入りやすかったですね。JO1のメンバーでは木全翔也(きまたしょうや)もDTMをやってるし、ギターもベースも弾けるので、この作品が刺さりそうです!」
※『バジーノイズ』映画予告編
記念すべき映画初主演であり、主題歌を清澄名義でソロで歌っていることのほかにも、本作が特別な作品になった理由があるよう。
「撮影が、JO1の『NEWSmile』(第74回 NHK紅白歌合戦 披露曲)のリリース時期とちょうど重なっていたんです。夏の暑いさなか、映画とJO1の現場を行き来していたので、デビューしてからスケジュール的に一番大変だった期間で…。そんな日々を乗り越えて出来上がったこともありますし、本当に大切な作品になりました」
風間監督のこだわりが初心を思い出させてくれた
アーティストと俳優――。二つの活動を両立させるのは並大抵の努力できないはず。それぞれ、どんな想いで取り組んでいるのでしょうか。
「JO1での活動は、とにかく楽しむこと…それだけですね。自分が楽しんでいなければ、見てくださる方に楽しんでいただくことはできないですから。でもお芝居となると、楽しさだけじゃなくて、悲しいとかしんどいとか、ネガティブな感情も出さないといけない。そこが難しくもあり、奥深いところ。お芝居はできれば続けていきたいと思っています」
大ヒットドラマ「silent*⁴」の風間太樹監督が手掛けたことも話題の本作。「監督との出会いは財産」と、川西さんは語ります。
「風間監督には、『どういう感情がそこにあって、その行動を起こすのか?』を一緒に考えたり、細かい目の動きを教えてもらったり、すごく勉強になりました。監督はとにかくこだわりがすごいですね。『そこまでしないと、人の心を動かす作品は完成しないのか?』と…。髪型にしてもミリ単位でこだわるんですよ。
そんな監督の作品に向き合う姿勢を見て、初心を思い出すことができたんです。僕も最初の頃は踊りも歌も、一つひとつ丁寧にやっていたなって…。けっして今、そうじゃないという意味ではないんですけど、年月を重ね、経験が増えてくるにつれて、だんだんと自分なりの“技”みたいなものが身についてくるんです。その技も大事なんですけど、どこか感覚に頼るようになっていたなって…。
風間監督が一つの作品を完成させるために一切妥協しないように、『一つひとつ突き詰めていこう』と改めて思いましたし、『丁寧にやっていくことが、自分の、そしてグループの成長にもなる』と改めて気づかされました」
アーティスト活動にもつながる刺激をくれた風間監督。その作品群を、“エモい”と表する川西さん。
「『silent』を観て、その中にも僕が『バジーノイズ』で体感した風間節がしっかりと生きていて、本当に感動しました。風間節は明るさもありながら、切なくもあって――“エモい”という言葉が合います。でも、その一言で終わらせてしまうにはもったいないような…。
“エモい”という言葉って難しいですよね。『なんとも言えない気持ちみたいなもの』だと僕は解釈してるんですけど、人それぞれの捉え方があって、解釈に正解がない言葉なんだと思います」
バズリは気にせず、自分にしか作れない曲を作っていきたい
清澄と自身との共通点に、音楽制作が挙げられます。偶然にも、原作を読む少し前に機材をそろえて、曲作りを始めていました。
「曲作りは、JO1に入る前からやりたいと思っていて、そのタイミングでやっとパソコンとかスピーカーをなけなしのお金で買いました(笑)。夜な夜な曲を作ってるんですけど、機材に触っていると落ち着くというか、ラクなんですよね。僕には作り込むのはまだ難しくて、思いつきで作っていくことが多いかな…。浮かんだものを音にしていくプロセスも楽しいですし、正直、どんな反応がくるか怖いですけど、聴いてもらうのも曲作りの楽しみです。
初めて作詞作曲したJO1の『HAPPY UNBIRTHDAY』を、メンバーに聴かせるときは本当に緊張しました~(笑)。JO1の楽曲は直接的なラブソングが少ないので、いつか作ってみたいですね。
今の僕は歌いたいし、踊りたいし、曲を作りたいし、お芝居もしたい。やりたいことがたくさんあって、ありがたいことにやらせていただける環境でもあるので、何でもやる人になりたいです。その中でも今はお芝居を頑張るときなのかなって…。個人活動のお芝居を頑張ることで、JO1にも還元できることがあると思うので 」
※川⻄拓実さんが初めて作詞・作曲すべてをプロデュースした、JO1『HAPPY UNBIRTHDAY』(2024年3月26日配信)
清澄は、桜田ひよりさん演じる潮(うしお)が演奏動画をSNSにアップしたことで、世間に知られるようになります。個人で創作活動を始めた川西さんにとっても、SNSは避けては通れません。川西さん自身は、SNSとはどんな距離感で付き合っていくのでしょうか?
「いわゆる売れるコードで作るとか、バズらせることに関しては、やっぱりプロの方々の技術には勝てないと思うんです。なので、僕は僕がやりたいこと、僕にしかできないことを表現していくほうがいいのかなって…。そのほうが、自分に向いているとも思います。『HAPPY UNBIRTHDAY』にしても、今の僕だから作れた曲だと思うし、SNSがどうとかは考えず、その瞬間の気持ちを逃さないことを大事にしていきたいです」
デビューしてしばらくはファンサービスができなかった
※『バジーノイズ』公式Instagramより
清澄は、曲作りの才能をレコード会社に認められたところまではよかったものの、自分ではなく誰かのための曲をひたすら量産していくように。やがて、自分がやりたい表現と求められることが大きく乖離(かいり)していきます。
いわゆる、“需要と供給”に関する葛藤は川西さん自身にもあるようです。難しいテーマながらも、真摯に本心を明かしてくれました。
「僕はデビューしてしばらくは、ファンサービスができなかったんです。メンバーの(白岩)瑠姫くんとかは、最初から当たり前のようにできていて――すごいなって思いながら見ていました。僕は、指ハートですらできなくて…。
コロナ禍でファンの皆さんに直接会えない期間が長かったのも関係しているかもしれないんですが、恥ずかしさもありましたし、カッコいいパフォーマンスだけじゃダメなのかなって、いっぱい悩みました。悩んだんですけど、ライブに来てくださる方の中には、もしかしたらお仕事を休んでまで来てくれたとか、いろいろな事情を抱えているかもしれない。そうまでして来てくれたのに、頑固にカッコつけてるのも逆にカッコ悪いなって。自然とファンの皆さんの気持ちに寄り添えるようになってきて、求められることはやりたいと思うようになったんです。『やってあげたい』ではなくて、『やりたい』と。
なんらかの葛藤は、今でもあります。例えばレコーディングをしていて、自分としてはこっちの歌い方のほうがいいと思っていても、ディレクターさんは違う歌い方のほうがいいと言う…。その判断に納得することもあれば、迷うこともあります。自分を信じるのか、ディレクターさんを信じるのか。その決断によってその曲は完成してしまうので、よりよい作品にするためには絶対に必要な葛藤だと思っています」
※一発撮りのYouTubeコンテンツ、「ザ・ファースト・テイク」に出演した際の川西さん
今年の6月で25歳になる川西さん。このたび演じた清澄の年齢である21歳の頃は、夢をかなえJO1としてデビューしていました。ですが、コロナ禍という苦境にもがき苦しんでいたようです。
「あの頃は、何をどうすればいいのかさえわかりませんでしたね。とにかく練習だけはたくさんやっていましたけど、ライブができない状況で、練習したところで意味があるのかなって正直思ってもいました。それは僕だけじゃなく、メンバーみんな感じていたんじゃないかな。
それでも頑張り続けるメンバーを見て、自分を奮い立たせることができたんですよね。あのしんどかった時期に、そんなメンバーたちがいてくれたこと、そして、ライブができなくても応援してくださったJAM(JO1のファンネーム)の存在は、僕にとって本当に大きかったです」
*1:吉本興業、TBSテレビ、CJ ENMによる日本の公開オーディション番組。これまでJO1に続いて INI、ME:Iの3グループが誕生している。番組では、参加者がさまざまなパフォーマンスと課題に挑み、視聴者の投票によって最終的な11人メンバーが選ばれた
*2:中本悠太(NCT 127)、川西拓実(JO1) 藤岡真威人、桜田 通が出演した2023年の金曜深夜24時52分〜 テレビ東京系にて放送されたドラマ
*3:Desk Top Music(デスクトップミュージック)の略で、コンピュータを利用して音楽制作を行うこと。専用のソフトウェアやデジタル機器を使い、音楽の作曲、編曲、録音、ミキシング、マスタリングなどの一連のプロセスをデスクトップ環境でできる
*4:2022年10月6日から12月22日までフジテレビ系「木曜劇場」枠にて放送された、川口春奈主演のテレビドラマ
2024年5月3日(金)、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー『バジーノイズ』
頭の中に流れる音を形にできれば、他に何も要らない—―マンションの住み込み管理人をしながら、「音楽を奏でること」だけを生きがいにしている清澄(川西拓実)。人と関わることを必要とせずシンプルな生活を送っていた彼に、上の部屋に住む女性・潮(桜田ひより)が挨拶を交わしてきた。その日失恋をしたと言う彼女は、毎日音漏れしていた清澄の音楽を楽しみに聞いていたと打ち明ける。やがて潮が投稿した何気ない演奏動画によって、「自分の音楽を誰かに聴かせよう」などと思ってもいなかった清澄の世界が、大きく変わっていく——。
原作:むつき潤『バジーノイズ』(小学館「ビッグスピリッツコミックス」刊)
監督:風間太樹
出演:川西拓実(JO1)、桜田ひより、井之脇海、栁俊太郎 ほか
PROFILE
川西拓実/1999年6月23日生まれ、兵庫県出身。サバイバルオーディション番組「PRODUCE 101 JAPAN」によりデビューした、11人組グローバルボーイズグループJO1のメンバー。JO1としては昨年末は「日本レコード大賞」で優秀作品賞を受賞、「NHK紅白歌合戦」には2年連続で出場。これまでの出演作に「ショート・プログラム」(2022・Amazon Prime Video)、ドラマ「クールドジ男子」(2023・テレビ東京)など。
Photograph / Shotaro Yamagoe
Styling / Hiromi Toki
Hair & Make-up / Sayuri Nishio
Text / Sakiko Koizumi
Edit / Minako Shitara(Esquire)